ヤスの独り言

「裏ブログ」 想いつれづれなるままに

残念

な記事をここ2、3回ほどは、かかせていただいた。
本当は決して書きたくないし、あまりネガティブなニュースについて
事実を100%知らない、理解していない者がネットで云々、
僕は好きでない、というかやりたくはないことだが

が、
ブログを書いているということで、
恐れずにそこは真っ向から自らの考えを書きたいと思う。


まず書いた事故のこと。
そして、ゴミのこと。

さらには起きてしまった事件のこと。

川崎。
そして、うちからも遠くはない練馬区早宮。

川崎があまりに大きすぎるが・・
悲しみも。

スマホをみると日に1回はこれらの事件に関する記事を

本当は読みたくないが、
少しでも事実その他を知ろうとスマホ画面をタップしてしまう


そこで(川崎の)事件から1週間

僕は個人的に最も近い考えの人。
それが橋下徹さんの。

まず、日本社会はあのような犯罪、身勝手な考えその他を絶対に許さない。
その姿勢をまず。
被害者とそのご家族、関係者方に心からの哀悼を。これがまずだ

とにかく、
ご冥福をお祈りする、ただただ。
そして心で祈る、祈り続ける

それからだ。

次に僕自身について書いてみようと思う。
両親は今も健在だ。
相対的に複雑な家庭環境でもなければ経済的には決して苦労していない。
たしかに就職氷河期だったが、決して就職に失敗したわけでもないが、

間違いなく「同類項」だ。

しかし、それは僕が選択した結果の現実であり、
これは社会のせいでもましては親のせいでも誰のせいでもない。
絶対に間違ってはいけない。
すべて、自分自身の選択の結果なんだ。

ところで、僕の学生時代
今も尾を引いているのだが、社会人生活20年は、
学生時代の反動から誤った判断・選択をし続けてしまった感はあるし、
そこは自ら省みているところ

大学生時代、穿った考えがあり、身勝手な行動もしてきた。
高校時代、人に合わせることが嫌で、孤独な想いもしていた。
それも逆算すると中学時代かな。
学校に行きたくない時期があった。
たしかに間違ったことをしたこともあったと思う。
しかし、具体的に書かないが、かなり辛いことも経験した。
学校はコワいところだったんだ・・
みんなの笑い声を疎ましく感じた時期もあった。

等々

何が言いたいか、書きたいか、

それは、家庭ももちろんだが、

【学校生活】

なんですよ

そこで共感したのが、
太田光さんの

「何か1つ」

人と比べるでもない。
魂が動く、というか胸が躍ることを見つけて、
見つかれば、なんとなくでいいから。

一歩、半歩、、踏み出せれば
6月2日(日)放送の『ザ・ノンフィクション』を見てさらにあらためて思った

人間、人生、、やっぱり "きっかけ" なのかなぁ、と。



更に僕について書きます。
2010年、うつで会社を事実上のクビ
それから闇雲にがんばったけど、2017年2度目の
コレがキツかった・・

まさに寝ていたくもない、起きていたくもない、、
過去の選択すべてを悔い続け、
自分の存在そのものを肯定できない時期が続きました。
メンタルが崩れると、ほとんどが負の感情を内に向けるのだと思う。

しかし、その感情が怒りとなり、さらにそれが外に向く。
これが事件につながる。

僕自身も1つ間違えれば、というわけだったのです。

また、話は【学校】に戻るけれど

小中学生、また高校生も
特に今はネット、スマホ、、とにかくコレがえげつない。

僕たちのころ以上にそこでのネガティブな云々は数知れないはず。

僕も1人の親として、2人の子をもつ親として、
それだけではない、地域に暮らす大人としても.etc

様々な責任の中、、何かできることがあれば、と

探りつつ、、そしてこのブログもつづっていかなければならないな、と
そう思ったので、この記事を書きました。
ほとんど人の目に触れぬブログだけれども。


最後に僕自身も
長いものに巻かれろ的に生きるのではなく。
特に【学校】時代、、多くの同窓生と交流するのも大切だけれど、
1人の友人こそ大切にしたい。
と、そう思ったのであります

以上。
最後までお読みいただいた方、ありがとうございます。



こういった記事は今後は書かないことと思います。
また元のテンションでいきたいと思います



こちらにかいてしまいましたが…つい
https://ameblo.jp/yaushirosan/entry-12470802051.html